保育園では決して教えてくれない、友達の作り方

2025年12月
  • 見えない「根っこ」を育む場所。幼児期という掛け替えのない季節に、大人が贈れる最高の環境とは

    保育園

    本文

    情報が奔流のように溢れ、価値観が多様化する現代社会において、私たち大人が子どもたちに残せる「確かなもの」とは一体何でしょうか。早期教育による知識の詰め込みでも、目に見える成果の獲得でもありません。それは、人生という長い旅路を支え続ける、強くてしなやかな「心の根」です。 奈良県の中南和地域において、真に質の高い幼児教育を求める保護者たちの間で、静かな、しかし確かな信頼を集めている 高田の認定こども園があります。そこにあるのは、単なる託児のための施設としての機能だけではありません。子どもというひとりの人間が、大地にしっかりと根を張り、自分らしく枝葉を広げていくための、肥沃な「土壌」としての役割です。今回は、これからの時代に求められる幼児教育の在り方と、理想的な園環境について、深く掘り下げてみたいと思います。

    「遊び」こそが、最高の学びであるという信念

    「遊んでばかりいないで勉強しなさい」という言葉は、幼児期においては無意味どころか、成長の機会を奪う言葉になりかねません。なぜなら、子どもにとっての遊びとは、世界を理解するための実験であり、他者と関わるための交渉であり、自己表現の手段そのものだからです。 質の高い教育環境を備えた園では、大人がお膳立てしたプログラムをこなすことよりも、子ども自身が主体的に選び取る「環境設定」に重きを置いています。 例えば、園庭にある一本の木。それは時には冒険の対象となり、時には隠れ家となり、時には四季の移ろいを教える教師となります。泥んこになって夢中で山を作る時、子どもたちは物理法則を学び、協力することの難しさと喜びを知ります。失敗しても、「まあいいか、もう一回やってみよう」と思える心理的な安全地帯があること。これこそが、近年教育界で重要視されている「非認知能力(やり抜く力、自制心、協調性)」を育むための絶対条件なのです。

    「食」を通して、命の循環に触れる

    人間形成の基礎において、「食」をおろそかにすることはできません。それは単なる栄養補給の行為を超え、文化であり、感謝であり、生きる力そのものです。 理想的な園では、給食をただの食事の時間として処理しません。地元の食材に触れ、作ってくれた人の顔を思い浮かべ、「いただきます」と手を合わせる。その一連の作法の中に、日本人が大切にしてきた精神性が宿っています。 自分たちが育てた野菜を収穫し、それを調理して食べるという原体験。苦手なものでも、友達と一緒なら一口食べてみようと思える勇気。食卓を囲む温かな時間は、子どもたちの身体だけでなく、情緒をも豊かに育んでいきます。「食べることは、生きること」。この当たり前で尊い真理を、日々の生活の中で五感を通して伝えていく姿勢こそが、真の食育と言えるでしょう。

    異年齢が織りなす、小さな社会

    核家族化が進み、異年齢の子ども同士が群れて遊ぶ光景は、街中から姿を消しつつあります。しかし、園という場所は、現代に残された数少ない「子どもたちの社会」です。 そこには、自分より小さな子を労る優しさや、憧れの年長児の真似をして背伸びをする向上心が自然と生まれます。喧嘩をし、葛藤し、仲直りをするプロセスの中で、子どもたちは「他者の痛み」を想像する力を養っていきます。 優れた園では、保育者が介入しすぎることなく、この子ども同士の化学反応を見守ります。大人がすぐに正解を与えるのではなく、子どもたちが自らの力で解決策を見つけ出すのを待つ。その「待つ」という行為にこそ、教育者の深い愛情と専門性が表れるのです。

    地域と共に在る安心感

    子どもは、家庭と園だけで育つのではありません。地域という大きなゆりかごの中で育まれます。 散歩の途中で出会う地域の人々との挨拶、伝統行事への参加、四季折々の祭事。これらは、子どもたちに「自分は社会の一員として受け入れられている」という所属感を与えます。 古き良き伝統を大切にしながらも、現代のニーズに合わせた柔軟な支援を行う。地域に開かれ、地域に愛される園であることは、保護者にとっても大きな安心材料となります。孤立しがちな現代の子育てにおいて、「ここには味方がいる」と思える場所があることは、何にも代えがたい救いとなるはずです。

    未来への眼差し

    幼児期に育まれた「根っこ」は、すぐには目に見えません。花が咲き、実を結ぶのは、十年後、二十年後のことかもしれません。しかし、見えないからこそ、そこには本質が宿ります。 「自分は愛されている」という自己肯定感。「世界は探求するに値する面白い場所だ」という知的好奇心。そして、「困った時は誰かに頼ってもいい」という他者への信頼感。 これらを持った子どもたちは、どんなに予測不可能な未来が訪れようとも、自らの足でしっかりと立ち、嵐をやり過ごし、再び太陽に向かって伸びていくことができるでしょう。

    園選びとは、単なる預け先の選定ではありません。我が子の人生の土台を、どこで、誰と共に築くかという、親としての意志決定です。 流行りの教育メソッドや豪華な設備といった表面的な魅力に惑わされることなく、その園がどんな哲学を持ち、どんな眼差しで子どもたちを見つめているかを感じ取ってください。 子どもたちの瞳が、今日という日を全力で楽しんでいる輝きに満ちているか。先生たちの笑顔が、心からのものであるか。 その直感こそが、間違いのない園選びの羅針盤となるはずです。

  • 失敗の中に、育ちの種がある

    保育園

    子どもたちを見ていると、
    ほんの小さな失敗が、成長の入り口になっていることがあります。

    初めての挑戦に失敗して泣いてしまう日。
    友達との気持ちのすれ違いで悔しさがあふれる日。
    思ったように体が動かず、胸の奥がざわざわする日。

    そういう瞬間に寄り添うたび、
    私たち 大和高田の認定こども園 で感じるのは、
    「失敗は止まる場所ではなく、始まりの場所」ということです。

    失敗は、子どもにとって痛くて苦しい経験かもしれません。
    でもその奥には、確かに前へ進もうとする力が息づいています。


    ■ 悔し涙は「成長のエンジン」

    外遊びの時間。
    鉄棒で前回りをしようとして、手がすべってしまう子がいました。
    砂の上に落ちたその子は、悔しさで顔を歪め、しばらく動けませんでした。

    保育者は、すぐに助け起こしたりはしません。
    「もう一回やってみる?」
    その一言を静かに添えるだけ。

    すると、涙をためたまま、
    その子はもう一度鉄棒へ向かって歩いていきました。
    手が震えるほど怖くても、挑戦することをやめなかったのです。

    強さとは、泣かないことではありません。
    泣きながらでも、自分の足で立ち上がろうとする姿だと感じます。


    ■ 失敗には、たくさんの意味がある

    ・悔しさを知る
    ・できない自分を受け止める
    ・助けてもらう経験をする
    ・誰かに励まされる喜びを知る
    ・できるようになるまでの道のりを自分で歩く

    この一つひとつが、子どもにとって大きな学びです。
    もし大人が先回りして手を差し伸べ続ければ、
    「乗り越える力」が育つ機会を奪ってしまいます。

    だから保育園では、失敗を否定せず、
    その先にある「もう一回」を応援します。


    ■ 成長は、できるようになるまでの道のりに宿る

    世の中の多くのことは、結果だけが評価されがちです。
    「できた」「できなかった」で判断され、
    途中の努力や気持ちの揺らぎは見えなくなってしまう。

    でも保育の現場では、
    できるまでの道のりにこそ価値があると考えています。

    昨日より1センチ足を前に出せた。
    先週より5秒長くぶら下がれた。
    あきらめずに3回目のチャレンジを迎えられた。

    そのすべてが、賞状のかわりです。


    ■ 大人ができるのは「信じて待つ」こと

    子どもを育てるとき、
    励ますことと急かすことは全く違います。

    前へ進むスピードはひとりひとり違う。
    じっと立ち止まる時間も、必要な力です。

    ・すぐ手を出さない
    ・結果より過程を見る
    ・「大丈夫」を言葉で伝える
    ・拍手をするタイミングを間違えない

    その積み重ねが、
    子どもにとっての大きな支えになります。


    ■ 最後に

    失敗するからこそ、人は強くなれます。
    痛みを知るからこそ、やさしさを手に入れます。
    悔しい気持ちを経験するからこそ、成長の喜びが大きくなります。

    大人の役目は、失敗を避けさせることではありません。
    その先にある小さな希望を、一緒に見つけることです。

    子どもたちの“もう一回”を、
    これからもそっと支えていけたら嬉しいです。