外で遊ぶことの大切さを教えてくれた先生

幼稚園に通っていた頃、いつも中でお絵かきばかりをしていた私に「絵を描くことが上手ねぇ。でもこんなに天気が良くて外で遊ばないのはもったいないのよ。」どうしても奈良で求人の保育士は探せると私の手を引いて外に連れ出した先生。先生が私を連れて行ったのは雲梯の前でした。実は雲梯をやったことがなく、やり方もわからなかった私に「こうやってやるのよ。」とやり方を教えてくれました。絵を描くことに夢中で運動を全くしていなかった私は、腕だけで体を支えてぶら下がるのがやっとでなかなか前に進めませんでした。先生の指導のもと何度も落ちながらも少しずつ前に進めるようになり、雲梯が楽しくなっていきました。これからは奈良から話題の保育園を「うまいうまい。絵を描くのはもちろんいいことだけど、お外で遊ばないと元気な体にならないよ。」と言われ、子供ながらに運動することの大切さを教えられました。それからというもの天気が良い時は外で雲梯、ブランコ、かくれんぼに鬼ごっこと、友達と遊ぶことが増えていきました。ずっと体が弱くていつも風邪を引いていた私が健康になっていったのは外で遊ぶことの大切さを教えてくれた先生のおかげだと思います。あとで母親が見せてくれた先生からのお便りに「最近お外で遊ぶことが増えて、前より笑顔が増えて先生も嬉しいです」と書いてあり、先生はいつも見守ってくれているんだなと思い、些細な出来事ですが嬉しい気持ちになったのを大人になった今も覚えています。

大好きな幼稚園の先生

私が通っていた幼稚園の担任の先生は約10年も前に通っていた幼稚園を退職されましたが、私が幼稚園に通っていたときから成人を過ぎた今でも毎年年賀状と、口コミでは奈良の保育園をリサーチするにはそしてお誕生日に手書きのメッセージカードを送ってくださっております。ご結婚されたときにははじめての奥さん頑張りますとか素敵でユーモアあるお言葉を頂くのが毎度嬉しくて返信することはもちろん、奈良でも評判の大和高田の保育園では大学に合格しましたなど節目には必ずご報告のお手紙をし、一度私が地方新聞に小さく名前が掲載されたときなどには見つけておめでとうとご連絡くださったりするなど長い間そんなやり取りをする関係がずっと続いてます。しかし実はそれは私だけでなく、同じ先生に受け持ってもらった兄弟、そして私の幼稚園の同級生も先生と同様のやり取りをしているという話を先日知りました。10年も前に担任をした子どもたち皆のことを今も覚えて大事に思ってくださる先生を改めて尊敬するとともにさらに大好きになりました。先生とは退職と同時にお引っ越しもされたこともあって10年間ほとんど直接はお会いできてはおりませんが、私が今でも兄弟はもちろん、幼稚園で仲良くなった友人と毎年一度は集まるくらいに良好な関係が続いているのは先生のおかげなのだろうなと感じます。

保育園の先生がお見舞いに来てくれた思い出

入園して間もない子どもがRSウイルスで入院することになりました。奈良で評判の保育園はといえば核家族で頼れる家族も近くにおらず、主人も深夜帰宅が続いていた私にとって、自分の地元ではないところで入院生活、付き添い生活を送るのは大変なことでした。当時零歳の子どもは無認可保育園に通っていました。無認可保育園といっても、ずっと認可保育園で働いてきた園長先生が理想の保育園を作るために作ったところであり、教育のレベルも認可園より高いところでした。そのような無認可保育園は家庭的なところで、奈良の大和高田でも保育士を求めるには私も仕事を始めたばかりで快適に過ごしていた矢先のところでした。保育園の園長先生は、日々の保育で忙しい中お見舞いに来てくれました。私は付き添いで離れられなくて食事も病院の売店で買うしかなかったのですが、私の食事まで差し入れてくれて、本当に助かりました。今まであまり温かいものを食べたことがなかったので、本当に助かりました。入院は10日くらいだったのですが、私にとってはとても長く感じ、仕事に行けない事にも焦燥感を感じたり、保育園をやめないといけなくなるのではという不安もありました。そういった点でも相談に乗ってくれたり親身になってくれて本当に助かりました。

幼稚園の先生に教わった息子の魅力

初めての子育てで精神的にとても追い詰められた状況で、幼稚園入園の時期を迎えました。
年中からの入園なので息子は4歳。
人気の保育園を奈良の大和高田でも基本自由人で親のいう事は聞いてるんだか聞いていないんだか、
言われたことがあまりできない息子。
正直親としてしつけができていないのではないかとまわりに思われるのでは?と、
びくびくしながら幼稚園に通いだしました。
「申し訳ありません」って、何度も言わなければならないことを覚悟していました。
これからは奈良から話題の保育園をなんとか通い始めてしばらく、最初の個人懇談がありました。
怒られるかもしれないと覚悟して幼稚園に行きましたが、
先生の口から出た言葉は意外なものでした。
「お子さん、とってもおもしろいですね。毎回何をしているのか見ていて楽しいですし、
これからの成長が楽しみです。」って言ってくださいました。
びっくりしたのと、うれしかったのと、自分は人からどう見られるか気にするあまりに
息子のいいところを見ていなかったと反省もしました。
それからというもの、息子の奇妙な行動を見るのが半分楽しみになりました。
言う事を聞かない時ですら、「どんなことを考えているのだろう?」と、
立ち止まって考えるようになり、
以前のようにイライラしたり、いう事を聞かないことを恥ずかしいと思わなくなりました。
幼稚園の先生には本当に感謝しています。
ありがとうございました。

とても面倒見のいい先生

私には1人娘がいますが幼稚園での入園当初はとても人見知りで、
なかなか他の園児ともなじめずにいました。大和高田で保育士の求人を求めてところがそれを見かねた
先生がなんとか人見知りを少しずつ減らそうと
わざと娘に他の園児に頼み事をしないといけないような
環境を作っていただき時間がたつにつれて段々と
友達とのコミュニケーションが増えていき、
年中になる時には自分から積極的にコミュニケーションが
とれるような娘に成長しました。
後、話題では奈良が保育園のことをもう1つ私の娘は実はとても負けず嫌いな1面があって
逆上がりがなかなかできない時でした。
娘は苛立ちを隠せずに泣いたりしていましたが
ホームの時間に先生がつきっきりで練習を手伝っていただいて
逆上がりができた時は娘は本当に、本当に喜んでいました。
できた時の休日には何回も私に逆上がりを見せてきたので
本人にとって本当にうれしい事なんだなと思いました。
そんな楽しい幼稚園も昨年卒業しました。
卒業する時には先生には何回ありがとうといったかわからないくらい
感謝がありました。小学校にあがってもイベントの際には先生が見にくるので
きちんと成長した姿を先生にみせないといけないと勉強に運動に励んでいます。
人見知りからの娘から成長させて頂いた。先生には本当に感謝しています。

「幼稚園の先生がきめ細かなアドバイスをくれて有難いです」

こんにちは。わたくしは福祉施設へ勤務する35歳の男性です。妻とは死別してしまい、現在は父子家庭で頑張っております。
 口コミで大和高田で保育士を採用するとわたくしの日課としては毎朝、息子を幼稚園に送っていったあとに会社へ出勤するというパターンです。
 今日は幼稚園の先生のきめ細かなアドバイスに感謝したエピソードを書いていきたいと思います。
「アドバイス」
 この間の出来事です。口コミすると奈良の保育園でもいつものように息子を幼稚園の門の前まで送り届けました。すると珍しく、担任の●子先生がおり、「おはようございます」とお互いに挨拶をして、僕は去ろうとすると、「●君のお父さん。すみません。ちょっといいですか?」という事でお話をする事になりました。
 そのお話の内容としては、「息子はとてもデリケートであり繊細だ」という事と、「美的感覚が優れておりセンスが良い」というお話の内容でした。
 僕は息子の事は、僕と似て単細胞だと思っていたので、意外でした。(笑)ですが、男性目線と女性目線では違うという事が、痛感しました。
 そして、息子への接し方もこれまでとは変わりありませんが、少しデリケートにケアをするような接し方に変えましたし、息子が「これを見たい!」「触りたい!」「行きたい!」という所は連れていくようにしました。
 これで少しでも息子の美的感覚が良い方向へ行けばいいと思うからです。
 しかしながら、担任の先生からアドバイスをされなければ、このような接し方だったり、積極的に外出する事はなかったでしょう。
 今でも幼稚園の先生には感謝をしております!ありがとうございます。

私は今でも保育園の先生には感謝しています!

私は生まれたときから体が弱く、良く風邪を引くことが多々ありました。勿論、自宅にいるときには両親が看病してくれるのですが、保育園を奈良で見つけるのは大和高田でいざ保育園に行くと急に物凄く不安になったのでした。何故ならば、小さいながらにして気も弱く物凄く小心者だったのです。ですので、両親から離れて保育園での生活は私にとっては苦痛でしか無かったのでした。しかし、そんな私を察してくれていた保育園の先生がひとりいたのです。私がいつも保育園に朝、母親に連れられて来たときに私はついつい泣いてしまうことがあったのでした。勿論、そんな私にも保育園には友達もいたのですが、それ以上に両親のそばから離れるのが怖かったのでした。ところが、一人で奈良で話題の保育園を大切にそんな私をいつも見ていてくれた保育園の先生が私に気づかい、そっとみんなの元へと連れていってくれたのでした。そして、いつまでも私のそばから離れることなく笑顔で接してくれたのでした。おかげさまで私はいつしか保育園にその先生と会いたいがために進んで行くようになったのでした。この先生がいてくれたからこそ、その後も楽しく保育園へと通うことが出来ました。短い保育園生活ではあったのですが、本当にこの保育園の先生と出会えたことを今でも感謝しています。

幼稚園の先生とのお絵かき

幼稚園の思い出の一つとしてしっかりと覚えていることがあります。それが残された時です。当然親が迎えに来るということになるわけですが何かしら事情があったのか少し遅れるということがありましたので一人で幼稚園で迎えが来るまで待っているということがありました。保育士を大和高田で採用するならそのときにずっーとぼーっとしているのもなんなのでお絵かきでもしてみましょうと先生に言われて色々とお絵かきをしたということがあるのですが、そのときに覚えいるのが、こういう動物がいたら素敵だなというようなことで書いてみましょうと言われて色々と考えて自分のオリジナルの動物というのを考えてみたことがあります。確かその時に書いたのはキリンの首で頭はライオン体は象みたいな、評判では奈良が良いと保育園を当時は知りませんでしたがキマイラのようなものになりました。あまり可愛いとか美しいというようなものではなかったのですが動物を書くというのがそれ以降好きになってきたので色々な動物の模写などをするようになりました。他にもこの時、面白かったことがとても記憶に残っていたのかオリジナルの動物とか様々な建物といったようなものを描くことが好きになりました。幼稚園の先生とそういうことをやったことで自分の好きなものというものが見つかったというのが今思い返すととても重要なターニングポイントであったんだなぁと思います。

卒園式で起きた感動のお話

娘の卒園式でのお話です。園児たちが入場し、ひとりひとり卒園証書を授与され、求人の保育士は奈良から大和高田で園長先生のとても為になるお話を聞き終わった後でそれは起きました。娘の通っていた幼稚園はとても子供たちには楽しい素敵な幼稚園なのですが、保護者の目線でもはきっり分かるくらい先生の間に派閥がありました。そして離職率もかなり高く、娘を受け持って頂いた先生方は残念ながら全員退職でいなくなるという悲しい状況でもありました。奈良で評判の保育園ならその担任の先生の中で、一番大好きだった先生、年少の担任だった先生は子供たちからも保護者からも好かれて本当に素敵な先生でしたが、派閥からのいじめで1年だけで退職されました。それから2年経った卒園式、いくつかの電報の中にそれはありました。きっといい思い出なんてないはずの幼稚園に祝電として先生から電報が届いたのです。名前を読み上げられた瞬間に保護者席からはすすり泣きする保護者が続出。卒園児たちの席からも我慢できずに小さなどよめきが。嫌な思いをしたはずなのに勇気を出して電報を打ってくださった先生には本当に感動しました。何より子供たちのことを本当に大事にしてくださっていたんだと改めて気づかされた瞬間で、感動的な卒園式がより一層心温まる嬉しい卒園式になりました。

気さくに子どもをハグしてくれる保育園の先生

私の子どもが通う保育園は、特に特徴的なものもないけれど、安定的なごくごく普通の保育園です。
子どもを奈良の保育園に口コミで入れるには通っている子達は、朝は多世代がまざって保育をうけています。ゼロ歳の赤ちゃんがいれば、来年卒園のお兄さん&お姉さんも。
子供たちがたくさんいるなかで、先生は数名です。子供たちからすると、誰が先生の膝にのれるか、人気の奈良でも大和高田で保育園が一緒に遊んでもらえるか、ちょっとしたバトルがあることも。
そんななか、うちの子どもは登園します。少し気持ちをためやすい性格で、嫌なことを嫌と言えない子です。いつものように登園すると、こどもたちの間に入るのがためらっていました。「行きたくない、でも行かなきゃいけない、でもやっぱり行きたくない…」そんな心境なのでしょうか。
そんなとき、いつもそっと近くに来てくれる先生がいます。先生が「○○ちゃん、ぎゅーしよ」と言うと、子どもはとことこと寄っていき、先生にハグをします。先生が「本当はお母さんと一緒にいたいよね。でも、頑張ってきたんだよね。」というと、子どもはポロポロ泣きながらうんうんと頷いていました。「○○ちゃん頑張るために、お母さんにお願いしたいことあるかな?」と先生が言うと、「…お母さんともぎゅーする」と。
子どもも無理しているのを承知で、感情を言葉にすることを助けてくれます。他の先生は、さっと子どもを見えないところに連れていくのですが、この先生はきちんとお別れをさせてくれます。色んな方針があるとは思いますが、うちの子どもに必要なことを個別的に考えてしてくださる姿に、いつもうるっときています。