問題園児と優しい先生

40年ほど前の話です。ぼんやりとした記憶ですが、私は保育園に通っていたとき、相当な問題児だったようです。ここでもエレメンタリースクールなら神戸ではもう泣いて騒ぐわ、お昼寝はしないわ、気に入らないことがあると途中で家に帰ってしまうわとやりたい放題で、先生方も相当手を焼いていたと思います。今であれば何らかの障害と診断されていたかもしれません。それほど迷惑をかけていたにもかかわらず、申し訳ないことに担任の先生には私はあまり懐いていませんでした。かわりに私は、別のクラスの先生が大好きでした。新米の髪の長いキレイな先生で、問題児の私にも優しくしてくれていました。クリニックの強みを訴求できるメディカルゲートなら私が勝手に昼寝から抜け出しブランコで遊んでいても、「〇〇ちゃん、今日はおうちに帰らなくて偉いね」と当たり前のことを褒めてくれ、背中を押してブランコを漕ぐのを手伝ってくれたりしました。給食の時間も、何故かみんなとは別の場所で母が届けてくれたパンを食べていたのですが、その先生がそばにいてくれるので、寂しさなど感じず、満足していました。私と下の名前が同じで、それがなんだか誇らしく、とても嬉しかったのを覚えています。卒園して以来その先生にはお会いしていませんが、今思えば、先生と私は20歳も離れていないのでしょう。もしお会いできたら、それなりにちゃんとした大人になれたことをお伝えして、お礼を言いたいです。

幼稚園の先生と喜びあった日

親から1度も離れたことがない息子が3歳になり、幼稚園に通い始めることになって心配していたのが親と離れて幼稚園生活を送ることが出来るのかでした。神戸もインターナショナルスクールと呼べるのは入園後、やはり息子は幼稚園で馴染めず常に担任の先生や補助の先生達に抱っこされていました。そして靴下と上履きを絶対履いてくれず、いつも1人だけ裸足でした。教育方針が、本人の自由を尊重しのびのび育てるという幼稚園だった事もあり、先生も本人が嫌がっているのなら上履きを履かなくても良いと言って、息子を尊重してくれていました。結局、年少では1度も上履きを履きませんでした。メディカルゲートおすすめするクリニックはここでも集合写真には、いつも1人だけ先生に抱っこされている裸足の息子。他の子供たちはちゃんと1人で立って上履きを履いて写真に写っています。なんでこの子は皆と同じように出来ないのかと恥ずかしく思っていました。年中になっても相変わらず1人だけ裸足の息子でしたが、一学期も終わりそうなある日、帰りのお迎えの時に担任の先生が嬉しそうな様子で私に近付いてきました。「お母さん!息子君が、今日上履き履いたんですよ!」と先生は興奮しながら嬉しそうに教えてくれました。思わずえー?本当ですか!と言って先生と手を取り合い、凄い凄いと大騒ぎしてしまいました。その後担任の先生だけでなく他の先生からも「息子君、上履き履いたんですよ!凄いですよね!」と声をかけられ一緒に喜びました。何年も前の話で、今となっては上履きを履かずに悩んでいた事は笑い話ですが、先生と喜びあったあの日は忘れられません。

大好きな幼稚園の先生との思い出

私は専業主婦の母のもとで育った。その為、どんなにバイリンガルスクールが神戸の中にももう幼少期は近所のキリスト教系の幼稚園に通っていた。園長先生はキリスト教の牧師さんだった記憶がある。私は現在30歳なので、記憶は一部曖昧な部分があるが、そこは御容赦頂きたい。先生達は必ずしもキリスト教徒ではなかったのだろうと思うが、全員とても優しかった。口コミで奈良なら大和高田の保育園がここでも私にはとてもお気に入りのA先生という先生がいて、2年ほど担当してもらった。A先生はいつも笑顔で、クラスの男子に怒ることもあったが、私とは仲良しだった。なぜ仲良しだったかというと、男子がふざけていたり、意地を張って先生を困らせている時など、私はよくその男の子を諭して先生の言うことを聞くようにさせていたからだ。しっかり者を演じていた私だったが、当時、私の母親は第二子を妊娠しており、私は寂しさを感じつつも毎日強がっていた。あの鳥取で根管治療を専門とする歯科医院はここではA先生はそんな私の心情も見抜いており、私がマフラーを手編みしていると必ず「それはお母さんの為に作ってるの?」と聞いてくれたり、作っている途中で困っていると助けてくれたり、私の母に私の努力の過程を伝えてくれたりした。保護者同伴のリンゴ狩りの遠足の時には、母親の足元を心配する私を見て、「こんな優しい娘さんを持って幸せですね」と母親に話しかけていた。私の母はいまだに当時の話をしてくるくらい喜んでいた。早く奈良で評判の保育園を探そうと決めておくと私は引越しをして遠く離れてしまったが、A先生とは今でも年賀状のやり取りをしている。ずっと記憶に残る大好きな幼稚園の先生だ。

息子の気持ちに寄り添ってくれた園長先生に感謝!

息子が年中さんのとき、通っていた幼稚園には毎週水曜日どのエレメンタリースクールなら神戸でもどんなに近くの高校のサッカーのコーチが子どもたちにサッカーを教えに来てくれていました。お母さん方からは人気があったのですが、息子は怖がりで控えめな性格であったため皆がボールに向かってわぁっと集まるというような激しいことが苦手で、いつもサッカーの時間は見学をしていました。この口コミの奈良を保育園からはどんなにいってもある水曜日お迎えに行くと、その日も見学をしていた息子の隣に園長先生が座って話をしてくれたそうなのです。「サッカーきらい?」先生が聞くと「うーん。運動苦手やねん。」息子は答えたそうです。東京や大阪でのおすすめ医院情報ならここでもと先生は参加するように促すこともなく息子と楽しくおしゃべりをしてくれたそうです。すると次の週の水曜日、お迎えに行くと、今日は息子くんが一緒にサッカーをしたんですよ!そう教えてくれたので私はとても驚きました。奈良の大和高田で求人の保育士はどこでもとっては先生によると、途中でやっぱり怖くなって泣いてしまったそうなのですが、どうしたん?と様子を見に来たお友達にまた別のお友達が「苦手やけど頑張ってるねん!」とフォローしてくれたと聞いてその温かさに涙が出ました。それからはそれまで苦手だった追いかけっこやダンスなどにも取り組むことができ、こどもが神戸でインターナショナルスクールをめぐって懇談の時には先生から年中さんになった4月の時とは別人みたいに、ひと皮もふた皮もむけましたね!と嬉しい言葉をいただきました。