幼稚園の先生との思い出として跳び箱を

幼稚園の時の思い出というのがいっぱいある人が結構羨ましいです。これらの多くはエレメンタリースクールから神戸では確かに幼稚園に通っていたということはあるのですがあんまり記憶はないのです。しかし、いくつかきちっとした先生との思い出なんかもあったりするので全く覚えていないというわけではないです。その一つの思い出としてあるのが跳び箱の練習です。そうはいっても幼稚園の時ですから跳び箱といっても1段の跳び箱なので本当に今思えば手をついてジャンプすればどうにか前に進むことができるものではありますから、そんなに大変なことではないだろう、とは思うのですが子供の時には何だかやけに強いものに感じてしまって跳び箱の前で手をついてジャンプするというのが嫌でした。しかし、こうしたこともしっかりとやらせるようにするのが先生のお仕事なのかかなりしっかりと時間をかけて練習させてもらうことができました。しかも周りの子からバカにされないようにという配慮なのか分かりませんが、親が迎えに来るまでの時間の間にわざわざ用意して行ってもらいました。最終的にはできるようになりましたが跳び箱が云々というよりは怖いということを乗り越えることができたことが自分にとってはかなりプラスになったことでした。

幼稚園・保育園、先生に教えてもらった自分らしい生き方

私は非常に友人をつくるのが苦手な子供でした。特に幼稚園のころは、友達がおらず、ずっと砂場に1人でいました。エレメンタリースクールなら神戸でもこんなに私に声をかけてくれたのが、幼稚園の先生でした。幼稚園の先生は無理に私を友達の輪に入れるようにはしませんでした。今考えると、それは正解だと思います。なぜなら、人には向き不向きがあります。みんなが、友達をつくり、仲良くやるべきだと教えなかった幼稚園の先生はいい先生だと思います。世の中には固定観念というものがあるということを教えてくれたのも幼稚園の先生でした。私に「苦手なことは別にやらなくていいんだよ」と教えてくれた幼稚園の先生はいつもニコニコしていました。世界中で戦争が起きるのも、人間と人間の意地の張り合いからだと思います。そこを一歩引いて、私が苦しかったら、他の人も苦しまなきゃならないと、考えないで生きたいと今思っています。あの時の幼稚園の先生も一歩引いて、自分の考えを押し付けないことを言いたかったのではないでしょうか。もう、幼稚園が終わってからずいぶん経ちますが、子供のころの思い出は大事だと思います。もし、今小さい子供に関わることがあれば、あの時の幼稚園の先生のように、人は人それぞれの生き方があるということを伝えたいです。

保育園と先生方の対応について

これは後に母から聞いたのですが、神戸でもインターナショナルスクールといえるのは生まれた時から完全房室ブロックという心臓病をもっていました、そのため通常の人たちと違って身体にペースメーカーと言われるものを幼い時から現在までつけて生活しています。その影響から特に幼い時は普通の人より身体能力(主に体力面)があまりよくありませんでした、そしてその時、このインターナショナルスクールなら神戸でもここは私の地域の幼稚園や保育園はどこも定員オーバーしていて共働きをしている両親は産休の期間が終わろうとしていて近くの頼れる身内もいなかったこともあり身体の弱かった私をどこに預けようかと日々、幼稚園や保育所を探していました。そんな時、運よく保育園が見つかり入ることができました。評判の奈良でもここの保育園はそんなにもそしてその保育園が市が運営していたこともあり私が入ってすぐに私の持病があるとわかると看護師の方を常勤にしてくれたとのことでした。このことが私にとってとても重要なこととなりました奈良で大和高田で保育士を採用しようともそれは私が3歳の時に園内で重度の貧血になり倒れてしまったことがありその時に救急車が来るまでの間、常勤していた看護師の方の適切な応急処置のおかげで助けられたことがありましたまた、その頃だいたい月に1回の頻度で風邪をひいていたので母の実家だけでなく保育園でもよく看病をしてもらっていて両親の仕事が遅くなり時間外であったのにもかかわらず園内で面倒をみてもらっていました。当時はわからなかったですが今思うと感謝することが多かったと感じております、これが私の保育園での嬉しかった出来事です。

人見知りの娘が大好きだった幼稚園の先生

うちの娘は、生まれつき神経質というか、そんなにも話題の保育園が奈良ではとてもここが人の輪に入っていくのが非常に苦手で、私の姿が視界から、ほんの少し消えるだけでギャン泣きしてしまうタイプだったんです。だから、幼稚園入園は、私達親子にとっては正念場。というか年貢の納め時みたいに思えて、かなり身構えていました。でも、こんなバイリンガルスクールが神戸の中にはそれは、結局、まるっきり必要のない心配でした。担任の先生が、怯えやすい性質の娘を常に、優しく気にかけてくれたので、少しずつ人見知りが治まってきたんです。人気の保育園を奈良の大和高田でも話題には 子供の個性を大事にしてくれて、否定しないのが、そこの園の方針のようでした。身体も小さく、大人しい娘なのですが…ある日、先生が「とても運動神経がいいので、みんなの前でお手本に逆上がりをしてもらったんですよ」と教えてくれて、びっくりしました。いつも私の背中に隠れるようにしていた娘が、いつの間にかそんなことまで、できるようになっていたなんて、母親なのに知りませんでした。そんなに神戸のインターナショナルスクールが良いとは恥ずかしがり屋の娘が、珍しく堂々と自慢げにしていたのが、嬉しくて何度も頭を撫でてあげました。近所には厳格でお行儀にうるさいと噂の幼稚園があったのですが、もしそういうところを選んでいたら、娘はずっと、委縮してビクビク過ごしてたんじゃないかなと思います。相性って大事ですよね。そこの幼稚園の先生方には今でも、感謝の気持ちでいっぱいです。