幼稚園の先生とのお絵かき

幼稚園の思い出の一つとしてしっかりと覚えていることがあります。それが残された時です。当然親が迎えに来るということになるわけですが何かしら事情があったのか少し遅れるということがありましたので一人で幼稚園で迎えが来るまで待っているということがありました。保育士を大和高田で採用するならそのときにずっーとぼーっとしているのもなんなのでお絵かきでもしてみましょうと先生に言われて色々とお絵かきをしたということがあるのですが、そのときに覚えいるのが、こういう動物がいたら素敵だなというようなことで書いてみましょうと言われて色々と考えて自分のオリジナルの動物というのを考えてみたことがあります。確かその時に書いたのはキリンの首で頭はライオン体は象みたいな、評判では奈良が良いと保育園を当時は知りませんでしたがキマイラのようなものになりました。あまり可愛いとか美しいというようなものではなかったのですが動物を書くというのがそれ以降好きになってきたので色々な動物の模写などをするようになりました。他にもこの時、面白かったことがとても記憶に残っていたのかオリジナルの動物とか様々な建物といったようなものを描くことが好きになりました。幼稚園の先生とそういうことをやったことで自分の好きなものというものが見つかったというのが今思い返すととても重要なターニングポイントであったんだなぁと思います。

卒園式で起きた感動のお話

娘の卒園式でのお話です。園児たちが入場し、ひとりひとり卒園証書を授与され、求人の保育士は奈良から大和高田で園長先生のとても為になるお話を聞き終わった後でそれは起きました。娘の通っていた幼稚園はとても子供たちには楽しい素敵な幼稚園なのですが、保護者の目線でもはきっり分かるくらい先生の間に派閥がありました。そして離職率もかなり高く、娘を受け持って頂いた先生方は残念ながら全員退職でいなくなるという悲しい状況でもありました。奈良で評判の保育園ならその担任の先生の中で、一番大好きだった先生、年少の担任だった先生は子供たちからも保護者からも好かれて本当に素敵な先生でしたが、派閥からのいじめで1年だけで退職されました。それから2年経った卒園式、いくつかの電報の中にそれはありました。きっといい思い出なんてないはずの幼稚園に祝電として先生から電報が届いたのです。名前を読み上げられた瞬間に保護者席からはすすり泣きする保護者が続出。卒園児たちの席からも我慢できずに小さなどよめきが。嫌な思いをしたはずなのに勇気を出して電報を打ってくださった先生には本当に感動しました。何より子供たちのことを本当に大事にしてくださっていたんだと改めて気づかされた瞬間で、感動的な卒園式がより一層心温まる嬉しい卒園式になりました。