幼稚園の先生とのお絵かき

幼稚園の思い出の一つとしてしっかりと覚えていることがあります。それが残された時です。大和高田なら話題の保育園を探すと当然親が迎えに来るということになるわけですが何かしら事情があったのか少し遅れるということがありましたので一人で幼稚園で迎えが来るまで待っているということがありました。これから保育園を奈良市内でそのときにずっーとぼーっとしているのもなんなのでお絵かきでもしてみましょうと先生に言われて色々とお絵かきをしたということがあるのですが、そのときに覚えいるのが、こういう動物がいたら素敵だなというようなことで書いてみましょうと言われて色々と考えて自分のオリジナルの動物というのを考えてみたことがあります。確かその時に書いたのはキリンの首で頭はライオン体は象みたいな、当時は知りませんでしたがキマイラのようなものになりました。あまり可愛いとか美しいというようなものではなかったのですが動物を書くというのがそれ以降好きになってきたので色々な動物の模写などをするようになりました。他にもこの時、面白かったことがとても記憶に残っていたのかオリジナルの動物とか様々な建物といったようなものを描くことが好きになりました。幼稚園の先生とそういうことをやったことで自分の好きなものというものが見つかったというのが今思い返すととても重要なターニングポイントであったんだなぁと思います。

転勤先の幼稚園で出会った息子を救った先生

“夫の転勤に2人の小学生の子どもと一緒に帯同し、全国を転々としている転勤族の妻です。保育園が多い奈良でも大和高田でなら初めて我が家が転勤になって見知らぬ土地に住むことになったとき、そこで出会った幼稚園の先生にとても助けられた、嬉しいエピソードをお話しします。
転勤が決まったとき、この口コミの奈良を保育園からは長男は幼稚園の年少さん、次男は1歳になったばかりでした。すぐに長男を幼稚園に入れるためにいろいろ見学に回ったのですが、そのなかでマンモス幼稚園、かつ幼稚園の先生はみな若くて元気な幼稚園を見つけました。対応してくれた先生や、息子が編入する場合に担任となる先生も紹介され、園庭も広くて長男も気に入って、運よく空きもあったため編入できました。
ところが幼稚園初日になると息子は行きたくないと大泣き。初めての土地でいきなり知らない幼稚園に通うことになったため、不安になってしまったのでしょう。お迎えのバスが来ると大泣きして逃げ出す始末。それでも、初日だからとバスの先生に託して幼稚園へ出発していきました。
その日帰ってくると息子はとてもニコニコ。「早く明日にならないかな!」ととっても楽しかった様子でした。
幼稚園へ通い出してから1週間ほどたち、こっそり息子の様子を見がてら幼稚園へ足を運んでみました。すると、幼稚園児相手に幼稚園の先生たちは全力で触れ合ってくれていました。園庭では全速力で追いかけっこをしたり、園児ひとりずつうんていに持ち上げて支えつつぶらさげてあげていたりしていました。転勤前に通っていた幼稚園はここまで全力で遊んでくれる先生はいなかったため、驚くとともに楽しく過ごしている息子をみてとても安心しました。
毎日全力で園児たちと向き合ってくれる幼稚園の先生たちのおかげで息子は3年間楽しく通え、今でも小学校が大好きで通っています。幼稚園の先生にとても感謝の気持ちでいっぱいになりました。”

幼稚園で学んだ本当のことを言う勇気

私が幼稚園の年長だった頃の話です。田舎の広い園庭がある幼稚園に通っていた私は、砂場遊びが大好きでした。その日も砂場で泥団子を作る遊びに夢中になっていたところ、大和高田なら話題の保育園を探すと同じクラスの男の子が走ってきて、綺麗に並べた泥団子を踏んで壊してしまいました。一生懸命作った泥団子を壊された私は、怒り心頭です。その男の子の頭をげんこつで殴ってしまいました。驚いた男の子が泣き始めてしまい、我に返った私は男の子に謝ったり、慰めたりしていて、男の子とは何とか仲直りすることができました。話題の奈良から保育園を探すとお昼寝のあと、担任の彩名先生が「みかちゃん、さっき泣いているけんちゃんのことを慰めていたね。優しいね。」と声を掛けてくれました。泣かせてしまったのは私ですが、彩名先生はそのことに気付いていないようです。家に帰ると、連絡帳にもそのことが書いてあり、母にも褒められました。子供ながらに、本当は自分が悪いことをしたせいなのに褒められたことが申し訳ないような気持ちになりましたが、彩名先生にも、母にも本当のことを言うことができませんでした。翌日は幼稚園に行くのが憂鬱な気持ちでした。大好きな砂場遊びも楽しくありません。そんな様子に気付いた彩名先生が、声を掛けてくれました。本当のことを言ったら彩名先生ががっかりしてしまうかもしれないし、彩名先生に怒られるかもしれない。でも、本当は私がけんちゃんのことを泣かせちゃったんだって言った方が良いのかもしれない。考えているうちに涙が出てきて、本当のことを打ち明けてしまいました。その時、彩名先生が私の頭を撫でて「けんちゃんのことを叩いてしまったことは良くないけれど、きちんと謝って、正直に本当のことを話せたのはとてもすごいことだよ。」と言ってくれました。私はそのことがとても嬉しくて、30年経った今でも先生とのエピソードとして覚えています。

自分にだけは優しかった幼稚園の先生

いまから20年年前になるが、私は幼稚園に通っていました。年少組から入園して、年中組、年長組という風に3年間も園バスで通っていました。大和高田で話題の保育園は浦田先生という若い先生が、私の担任でずっと持ち上がりでした。その先生が園バスに乗って迎えにずっと来てくれたので、余計に接触時間は長くなり、本当にかわいがってもらったという印象が残っています。浦田先生は、今思うと大学を卒業して2年目くらいの年恰好ではなかったかと思います。幼稚園児の私でも、若くてかわいい人であるという風に感じていました。私は、いわゆる聞き分けの良い子供であったので、私の入った集団のその時の管理者からはかわいがられ、おまけに少しだけ他の子供たちより世間ずれしていたこともあり、大変重宝がられたのかと思います。園で団体で何かするときは、私がリ-ダ-をたいていやらされていましたし、演芸会等でもたいてい主役をいただいていました。ただ運動神経は悪い方でしたので、運動会の時のヒ-ロ-にはなれませんでした。後年、母に聞くと私のしらないところど先生宛に付け届けは欠かさずしていたとのことで、少しがっかりはしたものの、私は浦田先生の寵愛を受けておりました。付け届けとは別にしても、浦田先生の好きな子供のタイプではあったのかもしれません。何かと、可愛がってもらって、卒業式の答辞的な役割もさせてもらい、うれしくはなかったですが、子供なりに感謝はしておりました。そんな子供らしくない反応をする私のことが浦田先生は気に入ってくれたのだと今は思っています。